インタビュー
|リスキリング
キャリア
リスキリングとは?|正しい意味と実践する方法
記事のまとめ
-
リスキリングという言葉は、企業が業務の一環として新しいスキルを学ぶ機会を提供するという意味をもつ
-
リスキリングは、はたらく個人の視点にも置き換えることができ、「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、新しい業務や職業に就くこと」と説いている
-
リスキリングには、正解思考のアンラーニングが必要
-
隣接スキルを活用するとリスキリングは実践しやすい
目次
社会的な関心が高まりつつあるリスキリング。新しいことを学び、スキルを身につけ実践し、そして新しい業務や職業に就くという意味を持ちますが、日本においてはまだまだ浸透していないのが現状です。
リスキリングを実践し、より浸透させていくにはどのようにしたらよいのでしょうか。
40代でリスキリングに成功した経験を持ち、『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』『新しいスキルで自分の未来を創る リスキリング』の著者である一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤 宗明さんにその方法について、話を聞きました。
後藤 宗明
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事 チーフ・リスキリング・オフィサー
早稲田大学政治経済学部卒業後、富士銀行(現:みずほ銀行)へ入行。2002年、グローバル人材育成を行うスタートアップをN.Yで起業し、2011年米国の社会起業家支援NPOアショカの日本法人設立に尽力した。その後、米国フィンテック企業の日本法人代表、通信ベンチャーのグローバル部門役員を経て、アクセンチュアにて人事領域のDXと採用戦略を担当。2021年、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。
著書に、『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』『新しいスキルで自分の未来を創る リスキリング実践編』がある。
リスキリングの意味とは?リカレント教育と異なる理由
――まず、リスキリングという言葉の意味について教えていただけますでしょうか。
後藤氏:リスキリングとは、企業が従業員に対して、業務の一環として新しいスキルを習得させるという意味をもつ言葉です。はたらく個人の視点では、「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、新しい業務や職業に就くこと」という意味になります。
英語で表すと「reskiling」。もともと他動詞として使われている単語です。リスキリングの主語は企業。個人が自主的に行う、自己啓発、アップスキリング、リカレント教育、学び直しとは異なる考え方になります。
――リスキリングと「学び直し」の異なる点について、もう少し具体的に教えていただけますでしょうか。
後藤氏::リカレント教育や学び直しは、新しい知識を学ぶことそのものが目的になります。
一方でリスキリングとは、事業戦略の一環として従業員を成長産業に移動させて、企業の業績につなげていくことがゴールです。つまり、リスキリングは学ぶだけではなく、新しい業務や職業に就くことを含みます。
現在企業で実施されているリスキリングには、「新しい知識の学習」のみにフォーカスしているケースも見られます。例えば福利厚生のひとつとして、オンライン学習環境を用意して、好きな時間に好きなことを学べるように制度を整備している企業は少なくありません。
自学自習は重要ですし、自己啓発の制度を整備していることも素晴らしいことです。
しかし、新しい事業を担うための戦略と「学び」が紐づいていないと、学習内容が個人で完結してしまいますし、個人で完結してしまうと、新しい職種への異動につながりにくくなります。
つまり、リスキリングを正しく実施するためには、企業が将来への投資として、戦略を持つことが重要なのです。
――リスキリングは海外発祥の考え方なので、まだまだ浸透していない言葉のように思えます。日本語に翻訳する必要はないのでしょうか。
後藤氏::この言葉は日本語に、翻訳せずに使うのがいいかと思います。
例えば、リーダーは「指導者」、プロジェクトは「計画」と翻訳できますが、そのように表現すると言葉に含まれる意味合いや重みが変わってきますよね。
いまはリスキリングという言葉の響きに慣れず、違和感があるかもしれませんが、浸透していくにつれて、日常に溶け込んだ言葉になると思います。
――日本では、2020年頃からリスキリングの必要性について叫ばれるようになりました。その背景について、教えていただけますでしょうか。
後藤氏::海外におけるリスキリングは、2016年頃から一般的になりました。デジタル化によってハードウェア中心だった仕事が、ソフトウェア中心に移っていくという未来予測があり、労働者もスキルをアップデートし、成長産業に移る必要があると考えられるようになったためです。
日本においては2020年頃から、リスキリングが取り上げられ始めました。その背景には、新型コロナウイルス感染症が蔓延し、対面での仕事、営業活動ができなくなる中で、ITに力を入れていなかった企業がデジタル技術を活用せざるを得なくなったということがあります。
自社のデジタル化の遅れに危機感を持った企業が増え、デジタル人材を確保する方法のひとつとして、リスキリングが取り上げられるようになりました。
企業内でのスキリング方法と個人ができるリスキリング、2つのステップ
――リスキリングの主体者は企業だとわかりました。しかし、企業ではリスキリングの制度を導入していないケースもあると思います。その場合、リスキリングをどのように進めていくべきか教えてください。
後藤氏::もしはたらいている会社にリスキリングの制度がない場合、「リスキリングの環境を用意してほしい」と会社にはたらきかけていただきたいです。
上司や会社に説明しても理解を得ることができない場合は、リスキリングに関心がある人たちで集まって、勉強会を開いたり、情報交換をしたりすることが有用です。
――自身で市場にフィットしたスキルを身につけ、新しい職業を目指すことを「個人のリスキリング」と定義し、そして実践する場合、どのように着手すればいいのでしょうか。
後藤氏::まず、情報収集から始めるのがおすすめです。例えば、生成AIに興味を持った場合、AIの情報を検索し、気になったコンテンツにマークをつけると、おすすめ欄に関連情報が表示されるようになります。
次に、社内ではなく社外の勉強会、例えばオンラインセミナーやウェビナーなどに参加し、新技術の動向を追いながら、自身が市場でどのような立ち位置にいるのか、身につけるスキルが市場的に価値があるものなのか、確認するようにしましょう。
リスキリングを実践する上で、アンラーニングすべき考え方
――新しい技術や知識に対して、尻込みすることもあるかと思います。どのようなマインドでリスキリングに臨めばいいのでしょうか。
後藤氏::最も重要なのは、正解思考からの脱却です。日本の企業では、上司から受けた指示を遂行したり、会社の正解を探ったりしながら、横一列で業務に取り組む、つまり過去の前例やデータを踏まえて、間違えないことが重視されてきたかと思います。
しかし、デジタルの分野では正解を探し続けていると急速な変化に取り残されてしまいます。まずは仮説を立て、変化に合わせて臨機応変に対応する。つまり、予測しながら行動していくというマインドを持つことが重要です。
――考え方のクセに気づき、改めるのは簡単ではないと思います。自身の正解思考を変えるには、どのように行動すればいいでしょうか。
後藤氏::環境を変えていくのが、考え方を変える一歩となります。例えば、SNSを駆使して、外部のコミュニティに所属するのはいかがでしょうか。会社の外では多様なはたらき方をしている人と交流できるので、その刺激で自身の考え方も変わってくると思います。
――SNSの情報も玉石混交なので、どうしても二の足を踏んでしまうような気がするのですがいかかがでしょうか。
後藤氏::たしかにSNSの情報は玉石混交ですが、「ハズレを引きたくない」という考え方も、正解思考なのかと思います。自身にとって「玉」を見つけられる可能性はありますので、それを見つけられるまで探せるといいですよね。
動いてみて、ダメだったら次に行く。正解思考をアンラーニング(学習棄却)し、自ら問いを立てて探索していく姿勢を身につけていきましょう。
――他にリスキリングを進める上で重要な考え方はありますか。
後藤氏::過去の成功体験や積み重ねた年齢に対してのリスペクトは必要です。しかし、もし自分が成功体験や年齢に対する考え方を根拠に、仕事の優劣を判断したり、序列をつけたりしている場合、リスキリングの妨げになりますので、その考え方のアンラーニングが必要です。
若年者や後輩に知識やスキルを教わったり、彼らのもとではたらいたりするケースは、これから増えていくはずです。プライベートでの人間関係の築き方は別にしても、仕事をしていく上では、旧来のはたらき方への考え方を改める必要があります。
リスキリングするスキルの見つけ方
――リスキリングを始める上で、進むべき方向性の決め方について教えてください。
後藤氏::情報を集めた上で、自分が目指す方向性を冷静に判断するようにしましょう。具体的には、「好き・嫌い」と「向いている・向いていない」の2軸を交差させ、4象限のゾーンに分けて、現在の仕事を位置づけし、将来の仕事を見ていきます。
この時に重要なのが、「好き」と「向いている」を一致させることです。自分の仕事が「好きだけど向いていなくて、稼げていない」場合、「好きかつ向いていて、稼げる仕事」につけるように、リスキリングを実施しましょう。
――リスキリングを進めていく上で、自分に合ったスキルを見つける方法はありますでしょうか。
後藤氏::自分が何をやりたいかが前提にあるのですが、隣接スキルという考え方のもと、リスキリングを実施するのがいいかと思います。隣接スキルとは、現在の仕事と新しい仕事の架け橋となるスキルのことです。
銀行員の業務を例に挙げてみましょう。いま、銀行の支店の統廃合により、店舗ではたらいている人のリスキリングのニーズが増えています。
銀行員の支店ではたらいている方は、法令に則り正確に手続きを行ったり、商品知識を説明したりするスキルをお持ちです。言い換えると、「仕事に必要な知識を学んで正確に実行する」スキルを持っているとも言えます。
この「仕事に必要な知識を学んで正確に実行する」スキルは、IT業界やスタートアップにおけるカスタマーサクセスという職種にも求められます。カスタマーサクセスとは、顧客の課題を解決し、顧客を成功体験に導く職種です。銀行の支店ではたらいている方は、「仕事に必要な知識を学んで正確に実行する」スキルを架け橋にすれば、IT系のリスキリングを進めやすくなります。
このように隣接スキルからスタートすると、リスキリングは実施しやすくなるのです。
――もし自身の身につけるべきスキルがわからない場合は、どのような行動を取るとよいでしょうか。
後藤氏::ぜひ、副業を利用して、積極的に自分の可能性を模索いただけたらと思います。トライ&エラーを繰り返し、自分の新たなスキルを探していきましょう。
また、副業先では、貢献することが大前提です。例えば、自分の経験で副業先の課題解決をする代わりに、自分が身につけたいスキルを習得させてもらう、ある種の「バーター」も考えないといけないかもしれません。いずれにせよ、自身と受入先の接点を探すためにも、スキルの棚卸しは必要です。
リスキリングはミドル世代以降でも成功できる
――リスキリングの持つ意味や実践方法について、理解ができました。現在の日本でリスキリングが求められる理由について教えていただけますか。
後藤氏::極端な言い方になりますが、今のままでは今後日本は国際競争力や経済力が下降していくと予想されています。一方進化の早いテクノロジーの力を活用して、海外の諸国はさらに経済成長を遂げていくことでしょう。
これまで日本の多くの企業や従業員は、テクノロジーの活用を敬遠する傾向にありました。2022年のIMD世界デジタル競争力ランキング(出典:総務省|2030年頃を見据えた情報通信政策の在り方)で、日本は29位という順位を記録しました。
テクノロジーを活用し、国としての経済成長を続けないと、例えば最新型のスマートフォンが一番早く発売されるタイミングの候補国として日本は選ばれなくなることも予想されます。
国と企業と個人が成長し続けていくためには、成長分野であるデジタル領域で勝負をしていく必要があり、また個人が豊かに生きていくためにも、デジタル領域のスキルを身につけることは必須です。
――逆に日本でリスキリングの文化が浸透するとどう変化するとお考えでしょうか。
後藤氏::これは私の希望的観測になるのですが、高齢者が高齢者のためのサービスを開発し、経済を循環させながら豊かな生活を作れると思っています。
諸説ありますが、脳科学の世界では80代になっても知識量を増やせると言われています。私自身、40代でリスキリングに成功し、これからもリスキリングを続けていきます。
冒頭で説明したように、リスキリングの制度や枠組みは企業が整えるものです。しかし、自分たちで明るい未来を作るかどうかは、個人の意思にも委ねられています。
日本で暮らす方々が、意思を持って、リスキリングに取り組んでいければ、明るい未来を作れると思います。
編集後記
リスキリングは、社会、特にミドルシニア世代にとって、豊かに生活していくためにも重要な考え方です。そのためには、常に会社の外側へ意識を向けて、キャリアを考えていかなければなりません。そのきっかけとして、副業の活用は有効ではないでしょうか。人生100年時代。価値観とスキルをアップデートし続けていきましょう。
(書き手:中 たんぺい/編集:永見 薫)