インタビュー
|副業・兼業
好きなこと・できることを積み上げたらパラレルワークにつながった。人生における手段を増やすポイントは「将来の可視化」
記事のまとめ
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加藤茜愛さんが約30年勤めた大手航空会社を退職した理由のひとつは、家族のためにはたらき方を変える必要があったからだった
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退職する前、自分の気持ちをマトリックス表に書いて可視化した。そのことで、自分が安定収入や肩書を失うことを恐れていたことや、本当は自由にもっと自分らしくありたいと思っていたことに気づいた
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40代以降の世代が自分自身のために副業を始めるのなら、“できることだけ”ではなく、“やっていて楽しいこと”を取り入れた上で、将来なりたい自分をイメージしてみると継続につながりやすい
目次
「働き方改革」によって副業解禁がすすみ、パラレルキャリア(複数の肩書)を作る人が増えました。もはやビジネスパーソンは、本業だけではなく、副業やボランティアなどを含めた、複数のはたらき方をするキャリア作りが当たり前になりつつあります。
大手航空会社に約30年間在籍し、管理職にまで昇進した加藤 茜愛さんは、50歳で退職し人財育成コンサルタントとして独立されました。現在は上場企業の社外取締役も務めるなど、パラレルな肩書を持っています。加藤さんはなぜ退職を決意し、どのようにして現在のパラレルキャリアを獲得していったのでしょうか。
30年間勤めた大手航空会社を退職。CAから人材育成のプロフェッショナルへ
――約30年間勤務し、人材育成部門の責任者として高い評価を受けていたにもかかわらず、なぜ航空会社を退職されたのでしょうか?
加藤氏:実は勤めていた航空会社を退職した直接の理由は、家庭の都合でした。父親の病気がきっかけで両親の看護、介護が必要となりましたが、現場の責任者としては休んだり早退したりするなど、自由なはたらき方が難しい現実がありました。
また、たった一人の子供は中学生になり、母親らしいこともできないまま大きくなっていくことへの後ろめたさのような気持ちもずっと持ち続けていたのです。
航空会社での仕事は充実しており、同僚や部下にも恵まれていましたが、家族のためにも会社中心のはたらき方を変える必要があると判断し、2013年に退職しました。
――航空会社では、どのような仕事をご担当されていましたか?
加藤氏:現場でのCA(客室乗務員)業務を経験したのち、人財育成部門にて新人CAの育成や現役CAの訓練業務、新入社員の面接官などを経験しました。その後は管理職として、グループ研修会社での社員研修の講師なども担当し、他社の人材育成指導にも携わりました。その後、VIPサービス部門の責任者を務め、所属先では、CAとしての専門性を高めるだけでなく、人材育成や組織活性化のために多くの経験を積ませていただきました。
――現在はどのようなお仕事を中心に活動されていますか?
加藤氏:2013年に退職後は、アカネアイデンティティズ株式会社を設立しました。外資系金融機関等にて企業内社員研修やコンサルタント業務を担当、講演会などを行う一方、グロービス経営大学院でMBAを取得し、複数企業の社外取締役にも就任しております。
――現在のようなパラレルキャリアに至ったのには、どのような経緯があったのでしょうか?
加藤氏:航空会社ではたらいていた時代、会社が立ち上げた研修会社に出向になり、外部の会社に対してマナー研修を実施する業務に携わっていました。その間もCAとして3カ月に1度はフライト業務もしていましたので、当時から研修講師とCAという二つの業務を掛け持ちしていたのです。
現在のようなはたらき方に至ったのは、前職を退職するときに当時研修会社で担当していたお客さまからお声かけいただいたのがきっかけでした。「退職後も企業内研修や組織運営のコンサルタントとして関わってくれないか」と。
最初は、「私のようなただのCAにできることはありません」とお断りしました。これまで研修会社で人に教えられたのは、大手航空会社という看板があったからこそ。一人の元CAが看板を外してやっていけるなんて思いもしませんでした。
――やってみよう、と決心されたのはなぜですか?
加藤氏:そのときのお客さまが、「やったことがないからこそ、一緒にやりましょう」と言ってくださったのです。「業界に詳しくない外部の方の意見だからこそ、社員も素直に聞いてくれるんだ」との励ましに背中を押されて、やってみようと思いました。
そうはいっても、大きな企業の研修担当に任命していただくには、フリーランスでは先方の社内稟議が通りませんでした。そこで、2014年7月にアカネアイデンティティズという会社を創業しました。その後、社外取締役として企業さまにお声掛けいただくなど、人のご縁に恵まれてこれまで事業を継続できています。
新しい分野に挑戦しようとするとき、多くの方は「自分はたいしたことない」と思うでしょう。私もそうでした。でも、できないと思うのは、「その世界を知らないから」かもしれません。私は人から背中を押されて「知ってみよう」と一歩踏み出してみたからチャンスをつかむことができました。ですから、自分で無理だと決めてしまうのは、もったいないことだと思います。
なぜ副業をするのか?その目的に合わせて、行動指針を立てる
――現在、政府が副業の解禁やリスキリングを推進していますが、今後、副業は増えていくと思いますか?
加藤氏:これから先、労働人口自体がシュリンク(収縮)していくことが目に見えています。経済活動を維持するには、一人ひとりのパフォーマンスを上げていくしかありません。ですので、副業を増やさざるを得ないでしょう。
もちろん、雇用政策を変える、労働年齢を延ばす、といった国家的な施策も必要でしょうが、個人がリスキリングやアンラーニングによって自分自身を活かせる場所を探していくことができなければ成り立ちません。もちろんお金のためという理由もありますが、人は何歳になっても、誰かの役に立ちたいと思うものです。そして、役に立つ場所は1箇所より複数あるほうが良いでしょう。
――初めて副業に取り組もうと考えたとき、自分にはどんな副業が合うか迷ったら、なにから取り組むべきでしょうか?
加藤氏:まずはなぜ副業をするのか、目的をはっきり確認しておくべきだと思います。
お金のために副収入を得る必要があるなら、割り切ってやるしかありません。誰でもお金が必要になる時期はあるものです。ただし、いつまでやるかはしっかりと自分のなかで決めておいた方がいいでしょう。たとえば3年間で300万円貯められたら、より専門性の高い仕事を始めるなど、期限と目標を決め、取り組む必要があります。人は一度置かれた環境に留まってしまいがちなので、期限を決めなければずるずると長く続け、結局は疲弊してしまうでしょう。
もし、お金のためだけでなく、自分を活かすために副業をしたいなら、まずは立ち止まって、3年後、10年後にどんなはたらき方をしていきたいのかを、内省してみてください。
本業に大きなやりがいをもてていないと思う場合、副業では自分がわくわくできる職業を選んでみるといいでしょう。“まずは自分にできることから探そう”とスタートしてしまいがちですが、「できること=CAN」だけでは、やがて疲弊してしまいます。「CAN」のなかに、「自分のやりたいこと=WANT、WILL」を入れておけば、継続するための力にもなるでしょう。
――できることの中に自分のやりたいことを入れておくというのは、具体的にはどういったことですか?
加藤氏:たとえば私の話をすると、現在研修講師業や社外取締役の傍ら、病院などの内装の装飾を手がけています。家具の色を変えたり、お花を飾ったりと、病院の待合室が快適な空間になるようにアドバイスするのはとても楽しいですし、そのためにはもっと学びたくもなります。新しい学びを得ることで、新しい人脈形成にもつながります。何よりも、自分が楽しければ無理にでも時間を作るようになるので、“継続”にもつながりやすいでしょう。
キャリアに迷ったら思考を書き出し「可視化」してみて
――加藤さんが航空会社を退職して現在のはたらき方を選ぶときに、どのようにキャリアを内省したのでしょうか。
加藤氏:私は前職を退職するか迷っていたとき、自分の思考を整理するために、図に書き出してみました。航空会社を退職した場合、継続する場合にそれぞれ得るもの、失うものを視覚的に整理しました。
退職しなかった場合に得るものは、安定収入や現在の肩書、福利厚生や定年退職までの安定などです。その一方、失うものリストには、家族との時間や自由、そして「自分らしさ」と書き加えました。前職を退職した場合に得るものと失うものは、辞めなかった場合と真逆です。
――実際に書き出してみたことで、どんなことに気づきましたか?
加藤氏:可視化できる価値、つまり安定収入や肩書、福利厚生などを失うことを極端に恐れていることに気づきました。同時に、辞めなければ失うものの欄に「自分らしさ」や「自由な時間」と書き入れたときに、初めて自分の苦しさに気がついたのです。
航空会社での仕事も一緒にはたらく仲間も、会社の雰囲気も大好きでした。しかし、女性活躍の象徴として管理職になった自分、「もっと上を目指せ」と言われて「頑張ります」と答え続けてきた自分に、苦しんでいたのかもしれません。
私は目に見える価値に縛られて、一歩を踏み出すことができなかったのです。
新しい仕事にチャレンジするときには、自分が数年後になりたい姿を具体的に描いてみてください。自分の気持ちがわくわくする方、楽になる方へ舵を切っていくからこそ、継続する力も生まれるのだと思います。
「ライスワーク」を減らし、仕事で人生が輝く人を増やしたい
――加藤さん自身が、今の仕事以外にこれから取り組みたいと思っていることはありますか?
加藤氏:私は昨年、60歳を迎えました。もちろん体力的な限界はありますが、できるだけ長く世の中に価値を残せる人間でありたいと、常に思っています。
2016年には著書「ANAのVIP担当者に代々伝わる心を動かす魔法の話し方」にて、前職にてこれまで学んできたことを書きました。しかし、あの本は「元大手航空会社のCA」だからこそ出版でき、多くの方に手に取っていただけたのだと思います。
退職して10年、今後は「元大手航空会社のCA」の看板なしで著者「加藤 茜愛」としても、世の中に役立つことを発信していきたいと考えています。
人生は、何を仕事に選ぶかで充実度が変わります。私自身も仕事によって人生が変わりました。だからこそ、できれば生活するためだけにはたらく「ライスワーク」の人を減らし、仕事によって人生が豊かになる人を増やす発信活動を今後も続けていきたいですね。
――これから自分のキャリアを再構築し、副業や転職など新しい一歩を踏み出すためには、まずは何から始めたらいいのでしょうか?
加藤氏:まずは自分を見つめ直す時間を作ってください。自分を知るために、多くの方が外に自分を探しに行ってしまいます。しかし、本当に自分が何をやりたいのか知るためには、自分と対話することが重要です。
ただ、考えてみても今の自分の中に答えが見つからないこともあるでしょう。そのときは、3年後、5年後、自分が誰といたいか、どこにいたいか、何をしていたいかを、文章にして書き出してみてください。文章ではなくて、私が前職を辞めるときに書いたようなマトリクス表でもいいでしょう。可視化することで、自分が何をやりたいのか、それをやるために何がネックになっているのかがはっきりします。
自分の経験からも、最初の一歩が一番難しいと感じます。でも、今があるのは、やってみようと一歩踏み出したからです。もちろん踏み出すのには勇気が必要です。特に30代後半や40代になると、新しくできることも限られてしまうので、踏み出して失敗したと感じたときには深く傷つくかもしれません。
そのときには、その理由を考えてみてください。その原因が努力次第で変えられるものなら、全力で再チャレンジすればいいでしょう。一方で、原因が自分の年齢や出生、過去の行いなどの変えられない現実にあるのなら、残念ながら原因を取り除くことはできません。しかし、現実を変えられないのなら、自分の受け止め方を変えればいいのです。失敗が自分をダメにしてしまうのではなく、そのことへこだわる心が自分をダメにするのです。
その事実を、自分がどう受け止めるかは変えられます。変えられない事実を嘆くのではなく、前向きに受け止めていくことで、新しいチャンスを掴めるのではないでしょうか。
(書き手:宮﨑 まきこ/編集:永見 薫)
<プロフィール>
加藤 茜愛 (アカネ)
アカネアイデンティティズ株式会社 C.E.O/研修講師/講演家/会社役員
元大手国内エアラインCA管理職、及び10年以上に渡る研修講師経験をもとに、社員が仕事で成長し相互尊重できる組織の強さを実感。人と組織が時代の流れにのまれずに、その人らしく輝ける組織創りのためのコンサルティングに定評がある。東証プライム企業の社外取締役も務めている。人的資本経営コンサルタント、GLOBIS経営大学院 経営学修士(MBA)、国家資格キャリアコンサルタント、GCDF公認キャリアコンサルタント。著書「ANAのVIP担当者に代々伝わる言いにくいことを言わずに相手を動かす魔法の伝え方」(サンマーク出版)がある。当該書籍はアジアでの翻訳出版もされ多くの人に読まれている。さらに、2019年にタイトルをあらためて「ANAのVIP担当者に代々伝わる心を動かす魔法の話し方」(サンマーク文庫)として再出版された。